タフマンのラベル

前々から思ってたんだけど、旧ラベルは完全にアレだよね。
アレを逆さにしたイメージだよね。
やはり下向きだから、バイアグラよろしく、これを飲んで一気になんて、
しかし、その時の社内会議とかバイヤーさんへの説明とかどうしたんだろ?
「意味深ですよねぇ~」
「あっははは、でしょ」
「コイツぅ~」
てな感じで、それでそれはウケてたんだろうか?
これでもう、街中でこのラベルを拝めなくなるのは非常に残念。
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坂本真綾さんのニューシングル「トライアングラー」が明日発売となりますが、Amazonで注文した僕は、はっきり言ってAmazonのことだから明日23日発送で翌日の24日に届くのだろうと思っていたら、なんと、なんと本日22日に到着しました。
ということで結果、フライングゲットとなりました。
収録曲は、現在放映されているアニメ「マクロスFrontier」のオープニング・テーマで約4年半ぶりの菅野よう子さんの曲「トライアングラー」とカップリングは坂本真綾さんが作詞、高田みち子さん作曲の「ことみち」です。
「トライアングラー」に関しては今更、言うまでもありませんが、カップリングの「ことみち」は今回初めて聴きました。どちらかというとスローメローな感じのゆったりとした曲です。シングルでは無くアルバムの最終曲に入れるのような曲です。歌詞の「感情~」のところがいいですね。気に入りました。
で、パッケージにはキャンペーンのご案内が、購入者全員に坂本真綾さんが描いた”携帯待ちうけ”と抽選でスペシャルグッズをプレゼントしてくれるそうです。(要:ヒミツの番号)

で、最後にピンクの三角形のプラスチックが入っているのですが(上の写真の真ん中のやつ)、これは一体何に使うのでしょうか?
パッケージには「ピンクの三角形」としか書いてありません????
謎だ!
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以前から、ユニーで電子マネーのリーダ/ライターが設置されていたのだけれども
先週あたりから運用が開始されていたみたいです。
同じグループのサークルK・サンクスではかなり前から使用できたのですが、
やっとユニーでも使用できるようになったのです。
使用できるのはJCBのQuic Pay、VISAのVisa Touch(NICOSのSmart plus)とEdyです。
スーパー・量販店でのクレジットカード利用は、生鮮食料品だとサインレスでカードが使えるのですが、
衣料品とかではサインが必要でした。
これでユニーもサインレスで便利になるのですが、欲を言うとSUICA(PASMO)も利用できるようにして欲しかった。
UCSさん、是非ともお願いします。
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NTTドコモが、「手のひらに、明日をのせて」ということで
新ロゴマークを策定した。
長いこと使用していた、以前のロゴマークは、NTTのマークとDocomoの文字を絡めて、
NTTのマークは、青いラインがグリーンの円で赤いラインに変わるというもので、
青いラインはNTTの固定電話を意識していて、赤いラインは移動体通信を表しているのだろう。
グリーンの円は両者を変換するという意味だと思うのだが、
意味づけが先行しすぎて煩雑で、他のキャリアに比べてまとまりが感じられない。
それが赤一色となって、シンプルになった。「赤」は挑戦とか情熱を意味する色で、
現在、一人負けのドコモが起死回生を狙ってのことだろうが、書体が何だか丸っこく、
一般の人にはとっつき易いのだろうが、逆に先進性は感じられなくなった。
なんか引っかかりがないんだよね。
まぁ、ドコモのことだからCMなどの広告の投入量は多いので定着するのは早いかもしれないが、
一般的ににロゴマークは10年から15年を目安に変えていくのだけれども、果してこのマークが飽きられずに長く持ちこたえるだろうか?
で、SOFTBANKなんだけれども、あれを最初に見たときはっきり言って異様に感じた。
深夜、人気のいない駅前でSOFTBANKのショップの白地に黒の文字の行灯の看板を見たとき、「葬式かよっ!」って思ったですよ。
あの日本人をバカにしたようなCMも好きになれないしね。お父さんが人間じゃなくて、お兄さんは外国人ですか?
まぁ、国力を奪うには、男を蔑んで、まず男性の生殖機能を低下させることですね。
ふざけんな!!
で、僕は暫くはドコモ一択です。Fはドコモしかありせんから。
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といっても、決済をクレジットカードで行ったという訳ではなくクレジットカードのポイントで5,000円分の図書カードをもらい、そのカードで「元型論」を購入したわけです。
いや、別にポイントでもらうのはクレジットカード会社のギフトカードでもいいんだけど、なんか使いにくいんだよなぁ~。(なぜかギフトカードでお願いしますというと店員の顔と態度がガラリと変わるんだよ)
元型論(林道義 訳 紀伊国屋書店)は税込5,880円という一般人には結構高い本です。
この手の本は、学生さんで大学の図書館にあるとかでしたら幸せなんですけど、こちとらサラリーマン、読書はもっぱら電車の中か寝る前のちょっとした時間、しかも気になるところは蛍光マーカーで印をつけるので図書館で借りるということもムリ(鉛筆では見落とす可能性があるので)なのです。
なので僕にとってはクレジットカードのポイントやAmazonのポイントは非常に貴重で、買い物するときは必ず、クレジットカードを使うか、もしくはそのクレジットカードに紐付けしてあるEdyが使えるお店で購入することを第一に考えます。(せこいと言えばせこいのですが、貧乏だからしょうがない)
で、クレジットカードのポイントで5,000円の図書券をもらうには、年間100万円をクレジットカードで決済する必要があります。(還元率0.5%の場合、実際、端数は切り捨てられるので100万円以上になりますが)
この100万円という数字を大金だなぁ~と思われる方もいっらっしゃると思います(なんだコイツ、100万しか使ってないのかという方もいると思います)が、
月にすると83,333円以上ということになります。
皆さん一ヶ月の家計はどのようになっていますいますでしょうか?
因みに私は
| 携帯電話通話料金 | 5,000円 |
| NHK・WOWOW | 5,000円 |
| プロバイダの接続料 | 4,000円 |
| 電気代 | 5,000円 |
| スーパー(食費・衣料) | 20,000円 |
| コンビニ・ドラッグストア等のEdy決済 | 30,000円 |
になります。
その他、家電量販店などでのパソコン関係の消耗品とかAmazonで購入したものを合わせるとそれだけで80,000円位になります。
また、通勤定期を密かにクレジットカードで購入していますのでこれだけでも年間120,000円
ですので大きい買い物をしなくても100万円は可能なのです。
しかも年間100万円以上クレジットカード決済すると翌年の還元率が0.5%から0.75%にアップしますので図書カードがもらえるハードルが低くなるわけです。
でも「クレジットカードはぁ~」とクレジットカードを使うことに抵抗がある方がいらっしゃいますが、クレジットカードであぶないのは「リボルビング払い」です。毎月の設定金額以上使用すると自動的に翌月の支払いになるというサービスですが、金利手数料も取られてしまうのでポイントのメリットはなくなってしまいます。また、あやしい店でスキミングされたりということもありますが、その辺りは自己責任と自己管理しなければなりません。
一般のクレジットカードでは、万が一不正使用があった場合の補償がありますので安心ですが…。
ただ、僕の使用しているクレジットカード、Edy決済はポイントにならなくなるとか、年間100万円以上決済した場合のポイントアップがなくなってしまうとか、今までのサービスが改悪になるとのウワサがあって果してどうなることやら…。ポイントをせこせこ貯めている貧乏人にはつらいご時勢になるなぁ。
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| 宗教意識は霊性の経験である。精神が物質と対立して、かえってその桎梏(しっこく)に悩むとき、みずからの冷静に蝕着する時節があると、対立相克の悶えは自然に融消し去るのである。これを本当の意味で宗教という。 |
| そんならその霊性的直覚なるものはどうして出来るかというに、それは人間精神の歴史的発展の途上、自然に経験せられと言うよりほかあるまい。 |
| いずれにせよ、死者を「ホトケ」と称するのは、仏教本来の教えによるというよりも、仏教以前の日本の「自然宗教」の考えが深くかかわっているといえよう。結論をいってしまえば、「ホトケ」とは、伝統的な「カミ」の一種なのである。 |
| 日本人の間に「自然宗教」が根強く生きているからだというしかない。「葬式仏教」とは、この「自然宗教」との妥協の産物なのである。 |
| 民衆の側も、自分たちの「自然宗教」の足らないところを補うものが、仏教、とくにその儀礼にあたると考えたからこそ、仏教儀礼を受け入れたのである。ともかくも日本人の多くは、「葬式仏教」によって、死後に安心できるようになったのである。 |
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| 精神または心を物(物質)に対峙させた考えの中では、精神を物質に入れ、物質を精神に入れることができない。精神と物質との奥に、いま一つ何か見なければならぬのである。二つのものが対峙する限り、矛盾・闘争・相克・相殺などいうことは免れない。それでは人間はどうしても生きていくわけにはいかない。なにか二つのものを包んで、二つのものがひっきょうずるに二つでなくて一つであり、また一つであってそのまま二つであるということを見るものがなくてはならなぬ。これが霊性である。 |
| 未開人のように自我の力が弱い場合、外界の知覚と内界のイメージとは融合が生じやすく、朝日の昇るのを見るとき、それは神そのものとして体験される。つまり、朝日を見て、それを神と見なすという二段構えの心の動きではなく、外界にある朝日と内界いある神のイメージとは完全に融合し、ひとつのものとして体験される |
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