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「吉兆」と「場の空気」

なんとなく、日本人
船場吉兆の料理使い回し問題ですが、以前問題となった産地偽装の件と合わせて日本人の持つ「場」という意識構造が裏目に出た結果だと思います。おそらく吉兆内部では上からコストダウン、利益率アップを言われていたんだと思います。
先日にもちょろっと紹介しましたが、「なんとなく、日本人 ー世界に通用する強さの秘密ー」小笠原 泰著 PHP新書はこの「場」について書かれているので気になる方は読んでいただきたいと思いますが、本書の中で、
日本人にとっての最大境界とはなんであろう。あえて定義すれば、これ以上先には、「場」が個を越えて主体性をもつ「ウチ」の世界は存在せず、意味論が通用せず、共有文脈の設定ができない完全な「ソト」の世界であるという境界のことを指す、つまりこれが、「日本人である」という意識の境界なのである。この最大境界の内側で、日本人は「なんとなく、日本人」でいられるのである。
~中略~
日本人の相対的自己構造にあっては、
1.まず場における自己の相対的な位置を確認し、2.それと同時に境界の設定(共通文脈の確定)を行い、3.そこから内側に向って考えていくという日本人の思考の基本的傾向をご理解いただけたと思う。
境界を確定して、安定的にウチに向いて考えるには、「場」のもつ設定境界を含めた関係性の構造(=集団や組織における役割)が安定的でないといけない。そうでなければ、安心してウチを向いて考えることに集中できない。それが「場」における関係性=役割の固定化へと進む。
ここに「場」の共通重心という縛り(場における暗黙の共通文脈)が加わり、これが一人称性をもち、個人の一人称性より優位に立つのである。つまり「場」が存続するかぎり、その共通文脈を変えることは難しい。
とあります。最近では、「空気の読めない人」とか言いますが、この吉兆内部にも「不正はやめよう」といった従業員の方がいらっしゃったかもしれません。しかし、この「場の空気」でそれが言えなかったのか、その声が潰されてしまったのか僕の知る由ではありませんが、そういった不正の方向に「場」が行ってしまい、「ウチ」が社内で、お客様は完全に「ソト」と単純に見てしまったことは非常に残念です。日本においては、「その場を空気」を変えるということは非常にエネルギーが必要です。ですので今流行の「空気の読めない人」とか簡単に言わないで、他人の意見を聴く耳を持つことがこういったことを防ぐ為にも大切なことでしょう。

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受信: 2008年5月10日 (土) 14時38分

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